【祭りの後、そして】

泉谷さんと共に演奏をされていた『泉谷バンド』様の楽屋を片付けていたら、楽屋に貼っていた名前札に、メンバーの皆様からのあたたかいメッセージが。

泉谷さんは種牛の等身大パネルに、サインと”宮崎LOVE”のメッセージを残されていました。

最初に見つけた楽屋スタッフは、号泣。

「水平線の花火と音楽」では、アーティスト、スタッフ、ボランティアなど、本当にたくさんの人たちがさまざまな形で関わってきました。

泉谷さん達の熱い想いと心遣いがあったからこそ、成功に向けて全員が同じ方向を向いて走り続け、無事終えることができたのだと思います。

種牛が育つまで、イベントを育てあげてくれた泉谷さんが話していたこと。それは「このイベントは俺のものじゃないから、終わりにするんだ。

宮崎県民のイベントとして、継続して欲しい。」ということ。

宮崎の新たなお祭りの形で開催する際には、泉谷さんをお迎えしたいですよね。

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