種牛の物語

 

種牛(種雄牛)が育つまで

 
2010年に本県で発生した家畜伝染病「口蹄疫」。
爆発的な感染力を持ったウイルスの感染拡大を止めるため、徹底した防疫措置により、牛・豚などの家畜約30万頭が犠牲となり、うち肉用牛は県内の飼養頭数の4分の1にあたる約6万7千頭が失われました。
失われた牛の中には、種牛も含まれ、本県に55頭(種牛としての能力を調査中の待機牛30頭を含む)いた種牛は、5頭を残して殺処分されました。
国内有数の子牛の産地である本県は、県内のみならず、全国各地に子牛を送り出していることから、その父牛となる種牛が失われたことは、日本の畜産に大きな影響を及ぼすものでした。
「種牛をイチから育てるのに7年かかるんだと、種牛が育つまでヤッたろかい!」
泉谷しげるさんが声を上げ、口蹄疫を風化させないため、そしてそこから復興、復活をとげる、そのメモリアル・イベントとして「水平線の花火と音楽」はスタートし、今回で7回目、FINALとなりました。
 


04福桜(殺処分された種牛)

殺処分された種牛


 

失われた種牛が導いた2連覇

 
2012年に長崎県で開催された「第10回全国和牛能力共進会」では、失われた種牛の血を継ぐ牛たちが活躍し、大会史上初の総合2連覇を達成しました。
この快挙は、宮崎の畜産の再生・復興を願う多くの関係者に、大きな喜びと前に進んでいく勇気を与えてくれました。
 


参加者集合写真_1

全国和牛能力共進会日本一2連覇


 

新たな種牛の造成

 
肉用牛の生産は、母牛に優秀な種牛の凍結精液を人口授精し、妊娠させ、子牛を産ませるところから始まります。
この優秀な種牛は、本県の先人達が長い年月をかけて取り組まれてきた肉用牛改良により造成されてきたものでありました。
そこで、口蹄疫以後、種牛の選抜において短期間で検定できる「間接検定」という方法を用いることで、口蹄疫の終息から5年が経過した昨年9月段階で、種牛25頭と、待機牛31頭が育成されました。
口蹄疫発生以後の種牛25頭、待機牛30頭まで、あと一歩のところまできています。
 


12作業の様子

畜舎の作業風景

 
07西米良種雄牛センター

西米良種雄牛センターで飼育されている種牛


 

高鍋と西米良で分散管理

 
口蹄疫発生時、種牛は高鍋町の施設で全頭管理されていましたが、口蹄疫のような有事が発生した場合の危機管理体制を見直し、種牛を守る新たな体制を構築するため、周辺に畜産農家が少ない西米良村に種雄牛分散管理施設を整備しました。
この西米良種雄牛センターを整備したことで、高鍋種雄牛センターと2カ所で分散管理することが可能となり、有事におけるリスクを低減できると考えれます。
現在では、種牛20頭が西米良種雄牛センターで飼養され、凍結精液の製造が行われています。
 


13秀正実B

間接検定で全国歴代1位の成績を修めた種牛の「秀正実」


 

次世代を担う種牛の期待

 
県内の肉用牛生産農家や関係団体の協力により、新たな種牛が誕生し、中には間接検定成績の脂肪交雑(サシ)において、全国歴代1位の成績を修めた「秀正実」が誕生することなど、これからの本県の肉用牛を支える種牛が誕生しています。
2017年に開催予定の「第11回全国和牛能力共進会」での3連覇達成、そして、本県産和牛の海外への販路拡大など、次世代の種牛の活躍が大きく期待されます。
 


ミラノ国際博覧会

海外プロモーション(2015年ミラノ国際博覧会にて)


 

宮崎のおいしいお肉を食べよう!

 
口蹄疫以降、全国から多くの暖かい励ましやご支援を受け、本県の畜産業は前へと進んできました。
現在は、関係機関一体となって、宮崎のお肉の国内外に向けた販売強化の取組を積極的に展開しており、改めて皆様方に深く感謝申し上げます。
私たちが口にしているお肉は、何世代にも渡る改良によりつくられたもので、その背景には、関係者の想いや歴史、ストーリーがあります。
会場の皆さんも、「宮崎のおいしいお肉を食べよう!」を合い言葉に、宮崎牛をはじめとした県産食肉の美味しさや感動を、ぜひ、国内外の知人にお伝えいただければ幸いです。
多くの皆さんに支えられ、口蹄疫から前に進んできた宮崎のお肉を、これからも応援よろしくお願いします。